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<モノの備え③> “トイレの備え”が大切な、これだけのワケ

「出るモノはガマンできない!!」災害時のトイレ事情について、静岡の防災用品メーカーさん2社にお話を聞いてきました。わが家のトイレの備え、ぜひ見なおしてみませんか。

災害時のトイレ。人の心がすさんでいく原因に…

今回お会いしたのは[災害用トイレ]をはじめ、県下で各種防災用品を製造・販売する企業が集まった「静岡県 防災用品 普及促進協議会」の会員2社さん。

■静岡県 防災用品普及促進協議会

http://shizuokabousai.jp/

防災用品の普及とともに、私たちの防災意識向上のための取り組みも行っている団体です。過去の震災の現場で、トイレがどんな状況だったのかを教えていただきました。

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「95年の【阪神淡路大震災】のときは大変だったよ。

防災用品を備えておく、という考えが浸透していなかったからね。簡易トイレもなくて、何かハコをみつけてきてそこで用を足したりしてね。」

と「株式会社アオノ」会長の青野之彦さん。

阪神淡路大震災で現地を訪れた際の写真を見せてくれる青野さん。先日はJETROの応援を得て、台湾で防災用品の展示会を行ったそう

「両側が壁になって狭い、外から見えづらい場所があると、用を足したい人が集まってきて自然とそこがトイレになってしまう。人のあとを踏みながら、自分もその上に用を足す。街中がガレキの山のなか、そんな排せつのあとがあちこちに散らばっていたね。」

「04年の【新潟中越地震】になっても、トイレ事情はさほど変わりなくて。

あるひなん所の学校のトイレは、2日目には汚物の山になって使用不能に。

それをね、住民の誰かが軍手をはめた手で直接すくってバケツに入れて、近くの山に捨てて、プールの水を流して…。そんな悲惨な状況をみてやっと、トイレを使える状態にしていこう、と住民同士で話し合いが始まって。

便袋のようなトイレ用品は支援物資の中ではあとから届くから、備えがなければはじめはこうなっちゃう。トイレの備えがないってことは、人の心がすさむ原因になってしまうんだよね…」

「株式会社えざきカルチャープロモーション」代表取締役の和田幸宏さんも、【阪神淡路大震災】のトイレ問題の深刻さを見ていました。

「阪神のとき、トイレはどこも汚物の山。それを踏んだ靴底は汚れて、洗いたくても断水で水もなく、どうしようもない。

女性は動くクルマをみつけて乗せてもらって、トイレのある遠くの町まで連れて行ってもらっていた人も。でもそのトイレもすぐいっぱいになって、の繰り返しで…。

組立式の簡易トイレもあったけど、それが組み立てられない・使いづらい。だからなるべくトイレに行かなくて済むよう、食べない・飲まないで体調悪化を招いてしまう場合も多かったようです」

「紙オムツ」着用も!トイレ不足は支援者も苦しめる

静岡県ふじのくに防災士や防災用トレイマスターなどの資格を持つ、災害時のトイレに詳しいえざきカルチャープロモーションの和田さん。自ら災害用トイレの出張講座を開き、組み立て方等を広める機会も多いそう。ひなん所のトイレは、いままでは和式トイレが多く、幼児や高齢者には辛いことも教えてくれた

「川ですればいい、なんていう人もいるけど実際川で用を足そうとすると本当に危ない。やってみればわかるけど、土手は川に落ちそうになって危険だし、真っ暗な夜間や雨の日なんかとても無理。

自衛隊も川で用を足すのは絶対禁止。必ず支自分たち用に簡易トイレを持参して現場に入って行く。ただヘリコプターから水と食料は投下できても、支援のトイレはどうしても後回し。被災者から「トイレはまだですか?」って聞かれるのが辛かった、と。

支援で現地入りする医師・看護師も大変で、「大人用紙オムツ」を着用して治療に当たっていたとか。「性能がよくて、意外と快適ですよ」とある医師は笑って話してくれたけど、トイレがない、というのはここまで人を追い込むことになるんですよ 」

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ここでおさらい!「地震後トイレに困るのは、どうして?」

このように、ひとたび地震が起きれば、停電・断水・下水管破損でトイレが流せない = 「排せつ場所がない!」緊急事態になります。

ヒトがトイレをガマンできるのは半日が限度。地震後数十分~数時間以内に、自宅でもオフィスでもどこにいても、誰もが例外なく「数か月間にわたるトイレ問題」に直面するのです。

災害時トイレに困る、3つのワケ

【1】 トイレは 「ガマンできない、分け合えない」

たとえばトイレが流せなくなったマンション高層階の高齢者へ、誰かが水・食べ物は届けられたとしても、排せつを我慢してもらう方法はありません。誰かが階下へ汚物を持ち帰ってあげる、というのも実際には難しいでしょう。

また水・食料は少ない量をみんなで分け合えますが、数少ない携帯トイレ(※し尿を貯めるビニール袋と凝固剤等のセット)をみんなで使い回せば、あっという間に溢れてしまいます。

熊本地震では既存トイレ便器にビニール袋をかぶせて用を足す「簡易トイレ」の需要が増えたそう。便器が破損・使用不可の場合は、段ボールやバケツでも代用できる

【2】 たまり続ける汚物。処理も保管も、大きなストレスに

被災直後から毎日、たまり続ける汚物。無理に流そうとすれば詰まったり、時間経過とともに逆流してくる悪臭に悩まされる場合も。避難所に設けられたトイレでも、汚物を貯留する仮設トイレでは、使用済みのトイレットペーパーをビニールに入れることが多い。これも悪臭の原因となります。

ゴミ焼却所や下水処理施設、道路状況や回収車のメドがつき、行政のゴミ回収が再開するまでの数週間~数か月。この間汚物は、自宅保管するしかありません。

ここでツライのは、その都度汚物をビニール袋で処理できホッとしたとしても、その量は日々増え続け、決して減らないこと。

とくに集合住宅ではガラス一枚隔てたベランダ等で保管せざるを得ず、悪臭問題が深刻に。また排水管の安全が未確認のままトイレを流すと、下層階で汚水が詰まり、あふれ出てしまう危険性も

家族間でも話しづらい・見られたくない汚物の処理、失敗したときの清掃、鼻を突く悪臭、排せつをガマンすることによる体調悪化…等々。

もともと被災後ですべてが苦しい状況のなか、トイレ問題は更に大きく気持ちを落ち込ませます。

「家のどこに汚物を保管するのか」、「処理・保管に必要なビニール袋や消臭剤は」。もしもの準備ができていなければ、自宅での被災生活は相当な困難を伴うでしょう。

ひなん所のトイレも足りない!すぐには来ない!

【3】 “ひなん所のトイレ”は、頼れない

「いざとなれば、ひなん所のトイレを借りるから」、と思う人もいるでしょう。

ですが自宅ですごす被災生活で、排せつのたび遠くのひなん所まで通うのは現実的ではありません。

またひなん所も通常のトイレが使用できないのは同じこと。備蓄されている簡易トイレや仮設トイレ(※建築現場等で見かける、独立空間と便器・便槽のセット等)も、設置まで数日程度はかかります。

また災害用トイレができたとしても、その数は近隣住民+ひなん者の数に足りるのか。足りたとしても便槽が満杯になって使用禁止になるまで何日もつのか。バキュームカーの便槽内回収は、いつになったら来てくれるのか。

ズラリと人が後ろに並んだ中での落ち着かない排せつ、暗い夜間や雨の日・冬の寒い日、トイレットペーパーの代用、障がい者や持病を抱えた方の援助などは…。
また、掃除をしなければ、トイレはすぐに使えなくなります。住民同士での汚れたトイレの掃除分担は…。

少し想像しただけでも、いかにひなん所のトイレが厳しい状況になるのか、わかります。


またなかには“トイレの備蓄ゼロ”のひなん所も。支援物資の仮設トイレの到着を待ってともなれば、設置まで数週間はかかるでしょう。

実際に東日本大震災で各ひなん所に仮設トイレが行き渡る日数を調査したところ「8日以上が49%」と、半数近くのひなん所が「1週間以上トイレなし」で過ごしています。

「静岡市のひなん所に、トイレの備蓄があるのか」は、下記でわかります。
いちど自宅の最寄りひなん所を確認してみてください。

【 静岡市のひなん所  ~備蓄品に“トイレ”はある?~ 】

◆葵区

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/machipo-bucket/documents/p01.pdf

◆駿河区

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/machipo-bucket/documents/p02.pdf

◆清水区

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/machipo-bucket/documents/p03.pdf

地震後のトイレには、多くの困難が待ち構えています。ガマンがきかず緊急性の高いトイレこそ、自分たちでの備えが絶対に必要なのです。

<モノの備え③> “トイレの備え”が大切な、これだけのワケ

● 過去の震災でもトイレは大問題。人の心がすさむ原因に

● 災害時でも、トイレは 「ガマンできない、分け合えない」

● 自宅にたまり続ける汚物。処理も保管も、大きなストレスに

● ひなん所のトイレは頼れない。水・明かりとともに“トイレの備え”は必須

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