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子育て世代のための防災講座「わが子を守るはじめの一歩」。子どもを連れた避難生活について考える

駿河区地域の人材育成事業「駿援隊」の令和元年度のテーマは「子育て世代の防災」。熊本地震で約3週間の車中泊を経験した石嶋小織(いしじまさおり)さんをゲストスピーカーにお招きし、子育て世代の避難生活についての実体験を伺った後、グループワークで疑問点を出し合い、防災に必要な備えについて考えました。 毎年12月の第一日曜日(2019年は12月1日)に、地域防災訓練が実施されます。ぜひ参加し、地域の防災について考える機会を設けましょう。

駿援隊「子育て世代のための防災講座『わが子を守るはじめの一歩』」とは?


■「子育て世代のための防災講座 わが子を守る はじめの一歩」

駿河区地域の人材育成事業「駿援隊(すんえんたい)」は、自治会町内会などの地域コミュニティ活性化のため、リーダーとともに活動を支える人材の育成と、主体的に地域活動を行える人材を増やすことを目的にしています。

地元の自治会は、男性中心で構成されているところが多いため、地域で開催される防災訓練も、男性目線で行われていることが多いようです。
そこで、今年度は「子育て世代のための防災講座」をテーマに、全5回の講座を通して、子育て世代が一緒になって地域防災を考えることで、若い声を地元へ反映し、地域の防災活動がより盛んになればと駿河区では考えています。


概要:熊本地震で被災し、約3週間の車中泊避難を経験された方を迎えた講演や、災害時にも役に立つ話合いの進め方、避難所づくりのワークショップなど、いざという時に自分や周りの人たちを守るために必要な知識・スキルを学ぶ講座(計5回)を実施
対象:駿河区在住の中学生以下の子育て世代で、地域コミュニティに関心がある方
講師・ファシリテーター:わくわくコミュニティ世話人 鈴木まり子氏
浜松市在住。防災関係のファシリテーション経験が豊富で、過去には、東北や熊本、北九州、西日本豪雨等の被災地での話し合いの場を支援。

○第1回/8月3日(土)〈講演〉被災者の立場から 子育て世代の避難生活について
○第2回/8月24日(土)話し合い“お作法”講座 災害時にも役立つ!地域での話し合いの進め方
○第3回/9月7日(土)避難所運営ゲームHUG 実際の避難所生活をイメージするワークショップ
○第4回/9月21日(土)地域の防災訓練を考えよう パパ・ママが参加したいと思う訓練とは?
○第5回/10月5日(土)災害に備え、今からできること・すべきことは? 被災時に身の回りで起こることをイメージして考えよう

講師・ファシリテーター わくわくコミュニティ世話人 鈴木まり子さん

第1回のゲストスピーカー 石嶋小織さん


第1回の開催内容をレポート


第1回は2019年8月3日(土)9:30〜12:30に、駿河区役所 3階 大会議室で催されました。
お子さんと一緒の受講が可能で、1歳〜未就学児の一時保育にも対応ということもあり、母子、父子、一家で参加という方も。
会場は、お子さんが歩き回り、和気あいあいとした雰囲気。
ファシリテーターの鈴木まり子さんが中心となり、講座が進められました。


自己紹介で参加者同士の距離を縮める

まずは、自己紹介。
名前、最近はまっていること、講座に期待することをそれぞれが話していきます。

参加者はもちろん、駿援隊のボランティアスタッフ、駿河区の区長や副区長、静岡県庁の危機防災課から視察にきた職員、駿河区役所 地域総務課の職員も中に入りました。
今回の参加者や駿援隊のボランティアスタッフは駿河区在住。
横のつながりをつくることを目的としています。

(みなさんの参加理由)
・避難生活をしたことがないので知りたかった
・まだ駿河区に来たばかりなので、地域の知り合いを作りたい
・妊娠中で、地域との交流を深めたい
・自宅が海に近いので参加した
・ママたちとグループを作り、活動を始めた
・地域で防災訓練を企画する立場
・子育て情報誌に携わっている
・育休のうちに地域防災について理解を深めたい
・SNSを通じて講座を知り、参加を決めたお父さん
・一家で参加
・九州から数年前に引っ越してきたばかりなので、横のつながりが欲しい
・防災の知識を深めたい



最近はまっていることを話すことで、時には笑いも。
参加者同士の距離がぐっと縮まった時間になりました。

熊本地震で被災した石嶋小織さんの実体験

続いて、熊本地震で被災した石嶋小織さんから、被災時の実体験を話していただきました。
石嶋さんは、熊本県上益城郡嘉島町在住で、二人のお子さん(被災当時5才と1才)のお母さん。
2016年4月14日に発生した熊本地震でご自宅が被災し、約3週間の車中泊を経験しました。


2016年4月14日、震度6強の地震が発生。
余震1000回以上も発生し、甚大な被害をもたらしました。

「ゴーッという大きな音がした後、縦揺れの強い地震が起こりました。
家には家族4人が揃っていたのですが、電気も消え、真っ暗に。
揺れが収まった時、外へ出ると、アパートの住人が子どもたちに毛布をかけてくれたのを覚えています。
4月とはいえ、まだ寒かったので。
当時、熊本に地震が起こるなんて、想像もしていなかったため、避難場所もわからず、何の備えもありませんでした。
とりあえず車へ。
けれども、車もひっくり返りそうなくらい揺れており、主人は車を一生懸命押さえてくれていました。地震の中、大人ひとりが車を押さえても、あまり意味がないのに。
それくらい、混乱していました。
どこかの犬が吠え、緊急速報の音が鳴り響いていました。
子どもたちは大泣き。
私自身もとても怖かったのですが、子どもたちに大丈夫と言うしかありませんでした。」

「安心な場所は?」と考えたとき、思い浮かんだのは町民会館。
同じ熊本に住む両親とも電話が繋がらず、安否が心配。
やっとの思いで辿り着いた町民会館も、窓が割れて入ることができず、車の中で待機することに。

地震により棚が倒れ、物が散乱した状態の当時の石嶋さんの家


町民会館の駐車場で一夜を明かし、翌日自宅へ戻りその惨状を目にしたときは、絶望感しかなかったといいます。
アパートの壁が浮き上がり、家の中はぐちゃぐちゃ。
「もう家は駄目だろうな」と思ったといいます。

壁が浮き上がり、住むことに不安を感じた当時の石嶋さんのアパート


「家の中ではとても過ごせなかったので、車中泊を選びました。
町民会館は、子ども連れで過ごすのには、不安しかなかったのです。
子どもが泣いたらどうしよう。
病気が蔓延するのではないか……。
外はとても寒く、ガソリンが心配だったため、細切れにエアコンを入れ、抱き合いながら過ごしました。」

ようやく両親の安否が確認でき、軽自動車とワンボックスカーの2台の車があったため、軽自動車に荷物を入れ、ワンボックスカーに車中泊できる準備を整えたといいます。

地震のせいで、ホコリが多く、お子さんは鼻水が止まらない状態に。
「医師団の診察を受けたのですが、子ども用の薬がなく、大人用の錠剤を渡され、『これを4分の1にしてあげて』と言われました。
錠剤をどうやって4分の1にしたらいいのか、大人用の苦い薬をどうやって飲ませたらいいのか、途方にくれました。
結局、石で割り、離乳食に混ぜて飲ませてみたのですが、苦かったようで吐き出してしまいました。」

3日目、お風呂に入ってなかったので、温泉が無料開放されていると聞き、行ってみるものの100人ほどが並ぶ長蛇の列。
この日は諦めましたが、翌日、お子さんがどうしても入りたいというので、2時間以上並び、ようやくお風呂へ。
「体を流して、後ろに人がたくさん並んでいたので、少しだけ湯船に浸かりました。
それが本当に気持ちよかったのを覚えています。」


地震発生後、数日して多くの人が家へ戻り始めるものの、石嶋さんは引き続き車中泊を選択。
家の中で地震が起きた際、一人で子ども二人を連れて逃げられるかということを考えると不安で家の中で過ごすことができなかったと言います。
結局、3週間も車中泊をすることになります。

「日中しか寝ることができず、主人が帰るまで不安で仕方がありませんでした。
アパートの住人も『もう戻っても大丈夫だよ』と言ってくれるのですが、車で子どもを抱っこしていた方が安心でした。
主人も私の精神状態が普通でないことに気付き始めていました。」
ご主人は、障害者施設で働いていたため仕事を休めず、また、消防団にも入っていったため夜は見回りでほとんど不在にしていたようです。

「次男は、地震のショックで、卒乳の頃でもあったのですが、不安でおっぱいがないと寝られなくなってしまいました。
そして、歩き始めたばかりだったのに、歩かなくなってしまい、常に抱っこが必要な状態。
長男の相手をしてあげることができず、結局2週間ほど長崎の姉の家へ、両親とともに一時避難させることにしました。」

「長男を姉の家へ避難させることに、強い抵抗はありました。
しかし、どうしようもない状況で。
長男もとても嫌がりましたが、最終的には行ってくれました。
長男は、電話のたびに帰りたいと泣くものの、ママが大変ということを理解してくれていて、我慢させてしまいました。」


石嶋さんは「頑張らなければ」という気持ちが強く、少しずつアパートで過ごす時間を増やしていきます。
やがて玄関先でなら寝ることもできるように。
しかし、「火がついているときに地震があったら?」ということを考えると、地震後、結局、2か月ほどガスを使うことができず、電子レンジでの調理のみで、凌いでいたそうです。

水道水もしばらく茶色い水しか出ない状態。
透明度が戻っても、子どもに与える水としては不安が大きかったと言います。
熊本県上益城郡嘉島町は、おいしい水が飲める湧水の町として知られており、これまでに水を買うという概念がなかったそう。
そのため、水の備蓄がなく、スーパーへ水を買いに行くことにしました。
しかし、レジは1時間待ち。
抱っこが必要な次男を抱え、2Lの水を持ち、列に並ぶ石嶋さんの姿を想像すると、胸が痛みます。
「こんな生活が3か月続きましたが、子どもの安全のため頑張るしかありませんでした。」

発災前は、保育園に行っていた子どもたちも、保育園は再開の目処が立たないので、石嶋さんは仕事を休まざるを得ず、収入面での不安もありました。
発災前まで、子どもたちはマーチングの練習を頑張っていましたが、震災の影響で本番は中止になってしまいました。
子どもたちも寂しい思いをし、また遊び場もなかったので、石嶋さんは、ボランティア団体の人と、町民会館の裏でプールやかき氷などを提供する夏祭りを企画。
お子さんも「ママが開いてくれた夏祭りが一番楽しかった!」と言ってくれたそうです。



石嶋さんは、新潟県中越地震の際には、自身もボランティアスタッフとして現地へ赴き、被災者の心のケアのために、話を聞く活動をしていました。
「そのとき、ただ話をするだけで涙を流す人もいましたが、その気持ちがわからなかったんです。
でも、今ならその気持ちがわかります。
被災したら前を向くしかないのですが、弱音を吐く時間も必要だと思います。
心に蓋をしてしまったら、いつか溢れてしまいます。
先日、熊本で震度4の地震があり、緊急速報が鳴り響きました。
その時、当時の状況がフラッシュバックしてしまい、子どもの前で大泣きをしてしまいました。
あの時の精神状態は改善したと思っていたのですが、改善していなかったのです。
でも、8歳になった長男が『ママ大丈夫だよ』と言ってくれたんです。
自分の気持ちに蓋をせず、子どもに『ママも怖いの』と言っても大丈夫だということに、震災から3年経ってようやく気づきました。」

石嶋さんへの質問時間

石嶋さんの胸をつくような体験談に、参加者の中には涙を流している方も。
なかなか知り得ない、子育て中のお母さんならではの話は、特に参考になったようです。


参加者からは多くの質問が寄せられました。その一部をご紹介します。

Q. ライフラインの復旧は?
A. 電気は3日後、ゴミは役場に臨時設置されたゴミ置場に廃棄できました。

Q. 子どものトイレはどうしていましたか?
A. 町民会館のトイレは使えたので、トイレの近くに車を置いていました。ただ、町民会館のトイレは和式でした。洗面所も使えたので、そこで顔も洗えました。

Q. 洗い物はどうしていましたか?
A. 食器は紙皿を中心に使っていました。それにラップをして、洗い物を減らしていました。ラップは多く買いましたね。ウェットティシュで拭くことも。ウェットティシュは必要だと思います。


Q. 車中泊でも食料はもらえましたか?
A. 声をかけてもらえたので、初めはもらっていました。おにぎりは硬くて、子どもが食べられなかったので、パンをもらっていました。しかし、家があるのに物資をもらうことに抵抗があったので、やがて自分で何とかするようになりました。生野菜はしばらく手に入らなかったです。

Q.備えておいた方がよいものは?
A. 貴重品、母子手帳をまとめたものは玄関に置いておいた方がいいと思います。前震の後、貴重品を玄関先にまとめておいたので、本震の後、取りに戻ることができました。
また、水の備蓄は必要ですね。それから子どもの遊び道具も。子どもの常用薬は今は切らさないようにしています。ウェットティシュは大事ですね。
また、車中泊の際、子どもが夜怖がるので、ライトも必要。暗闇をなくすことと、お気に入りのおもちゃやぬいぐるみ、倒したシートをフラットにするためにクッションや毛布があるといいですね。
我が家には大きな車があったので車中泊ができたのですが、軽自動車だったら車中泊は難しかったと思います。

講座終了後、参加者からの振り返りの声

講座の中で興味深かった、印象に残ったこと

・お母さん目線の子どものために必要なもの(遊び道具の必要性、ライト)
・薬(防災グッズに入れていなかった)
・お母さんのメンタル問題
・参加者とコミュニケーションがとれたこと
・避難所をあてにしない考え方
・震災時に本当に必要なもの
・つらい避難生活の中でも、子どもに夏祭りという楽しい思い出をつくったこと
・近所の方との交流
・子どもの遊び場を作ること。ないものは自分たちで作ればいい

講座に参加して実行しようと思ったこと

・避難グッズの補充。用意はあるものの、足りないものに気付かされた
・貴重品の管理方法
・車にライトを置いておく。家の整理。水を備蓄する。カセットコンロの確認。乾物の用意
・アパートの人間関係やご近所付き合いを大切にする
・ガソリンは半分を切ったら給油する
・ラップ、ウェットティシュの用意
・講座の内容を周囲の人にも伝え、みんなで考える機会を作りたい
・駿河区は井戸が多いので、災害用の水を用意していなかったが、用意しようと思った
・大切なものは1つにまとめておくこと。周囲に講座の内容を伝えたい
・被災した後の1か月、どう過ごすかシミュレーションする

感想

・様々な情報がある中、生の声を聞けてよかった
・避難所へ行くつもりがないので、車中泊の話は参考になった
・避難生活について、具体的にイメージしながら考えることができた
・車中泊を選んだ理由を聞き、自分だったらどうするかをリアルに考えることができた

備えに必要なもの

石嶋さんの場合は、町民会館のトイレを使用することができましたが、震災後、下水道が流れないケースも報告されています。
そのため、静岡県では、携帯トイレ(1日に自分がトイレに行く回数×7日分×家族の人数分)の備蓄を推奨しています。

静岡県ホームページ「そうだ!!『携帯トイレ』も備蓄しよう!」

携帯トイレはホームセンター等で購入可能


また、静岡市では、1人1日3リットル、7日分以上の飲料水の備蓄をお願いしています。

静岡市「飲料水の備蓄について」


震災時、行政支援が届くまで、3〜7日程度かかることが予想されます。
7日分の飲料水や食糧を用意しておくことが理想的。
なお、そのうちの3日分は煮炊きがいらない食糧がおすすめです。

さらに、カセットコンロなどの熱源、常備薬、メガネ等の用意があると便利です。
ただし、子育て世代の場合は、子どもを連れて避難するのに持ち出し可能な量(1〜3日分程度)にし、他は自宅で保管。
オムツや子ども服、おもちゃ、常備薬、抱っこ紐などのお子さんに必要なグッズも用意しておきましょう。

また、自治会・町内会を通じて世帯数の情報を集め、行政支援を行っています。
日頃から自治会・町内会に参加することで、近隣住民との交流を持っておきましょう。

この記事に関するお問い合わせ本文

駿河区役所 地域総務課
住所/静岡市駿河区南八幡町10番40号
TEL/054-287-8682
FAX/054-287-8709